2024年8月21日,ゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC 2024」で,ゲームデザイナーの知久 温氏によるセッション「明日から使える!海外文献に頻出するLevel Design用語の紹介」が行われた。
本セッションは開発者向けに行われたものではあるが,実例を交えてやさしめに解説されていたため,「あのゲームで使われていた演出はこういう名前だったのか!」と,ゲーマー目線でも楽しめる内容だった。レベルデザイナーの目線で見るゲームの世界をのぞいてみません?
知久氏は,ハクスラSTGや対戦TPSといったジャンルでレベルデザイン業務を経験した実績を持つフリーのゲームデザイナー。副業としてゲーム開発の研究家としても活動している
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始めに,セッション名を見て
「なぜ海外の用語を?」と思った人もいることだろう。筆者もその口だったのだが,氏によると日本では組織の垣根を越えて技術やノウハウを共有しあうコミュニティが少なく,日本語で集められる情報には限りがあるという。
それに比べて,海外では「作ったものを公開する文化」が根付いているためか,
レベルデザインの分野においても知見を収集しやすい土壌なのだとか。それならばと海外文献を漁ってみたところで,どうにも聞きなじみのない単語の数々を前に挫折してしまう人が多数……。
そのような現状を鑑み,より多くの知見にアクセスする手助けとなるよう,
“海外文献に頻出するLevel Design用語”を解説するのが本セッションの趣旨だ。「あの手法の事例を調べたいけど英名が分からない……」そんな経験がある人にとっては助け船な内容になるだろう。
ちなみにセッション冒頭でも述べられたが,レベルデザインの手法はプロジェクトや組織ごとに解釈が異なるものであること。また紹介された内容が特定の組織の見解を示すものではないことをご承知いただきたい。
用語の解説へ入る前に
“Level Design”という概念の認識をそろえよう
日本におけるレベルデザインとは「ステージ配置」「難度調整」「成長設計」など,プロジェクトや業態によって多様な意味を持つもので,その役割を一言で言い表すのはなかなかに難しい。
同じく,英語圏においても多様な解釈があるようだが,一般的には
“Level Design=ステージ設計”を指すことが多いという。
そこで氏は,
本セッションにおけるレベルデザインは
「要素の構成や配置によって楽しいステージをつくること」であると提示した。
具体的には,プレイヤーが活動する空間を設計し,敵や障害物,物語といったさまざまな要素をステージ上に配置して,快適かつ充実したゲームプレイを提供する役割,といったところだ。
つぎに,本セッションでフォーカスするレベルデザインの役割について解説がなされた。セッション内で紹介された用語は,大まかに
“3つの役割に分類”され,それぞれ得られる効果が異なっている。
1つめは
「課題の提示とペース配分」。これはプレイヤーが乗り越えるべき課題(challenge)を無理なく攻略できるペース(Pacing)で登場させる役割を指す。人に達成感や自己肯定感を与えるだけでなく,メリハリのある展開で飽きさせることなくゲームクリアまで導く効果がある。
2つめの
「プレイヤーの動きを間接的にコントロール」は,自然と新たな発見ができるように“おもてなし誘導”を仕込み,行動計画を立てるヒントをプレイヤーに提示する役割だ。目印となるオブジェクトを用いて探索に対する動機付けを行い,プレイヤーの意欲を高めながら次の課題へとスムーズに導いていく。
3つめが
「インタラクティブに物語や世界観へアクセス」。プレイヤーが環境(世界やオブジェクト)に触れて相互作用(Interaction)する機会を作り,その世界に存在している実在感(sense of presence)を高め,ゲーム世界への没入感(immersion)も高める,という具合だ。
覚えておきたい13の用語
前提の認識をそろえたところで,場は「Level Design用語の紹介」へと移った。前述したとおり,それぞれの用語は3つの役割のいずれかに分類され,さらにその分類のなかでも用語ごとに用途が違ってくる。
以下では計13用語を,
グループごとに<役割:用途>の形で記載し,解説をまとめたものとなる。それでは本題に進んでみよう。
<課題の提示とペース配分:ゲーム全体の進行設計>
・Beat Chart
ビートとは,レベルやミッションでプレイヤーの体験を区切る最小の要素のことで,それらをまとめたシートがBeat Chart(Beat Sheet)と呼ばれる。各ワールドの名前,時間帯,前提となるストーリー,遊びのコンセプト,想定プレイ時間,背景のイメージ色などをシートに記載し,敵やハザード(罠などのギミック)の登場タイミングを管理する。
シートで一覧化することで,要素の詰め込みすぎや単調さを解消できるだけなく,シナリオとの矛盾も調整しやすくなる。
・Intensity Graph
ゲームの盛り上がりや難度の変化を時系列で示したグラフのこと。Tension Graphや緊張曲線(強度曲線)とも呼ばれており,ハリウッド映画の脚本論や物語制作の文脈で三幕構成の説明としても使われている。ゲーム的な実例として挙げられたのは「Left 4 Dead」。同作に採用されたDirector AI
(※)は,緊張曲線を効果的に演出できるようエネミーの発生を動的にコントロールしているという。
なお,Intensity GraphはBeat Chartとあわせて運用され,緊張感や盛り上がりの強度,プレイ時間や労力が適切であるかを計るペーシング設計に活用される。
※プレイヤーの進度やパフォーマンスに応じて,感染者の投下タイミングやターゲットとなるプレイヤーの設定,休息のタイミングなどを決定し,ゲーム進行のペースや難度を調整するAIのこと。資料最上段のグラフがIntensity Graph。黒のラインが緊張曲線の度合いを示している。そのほかのセルがBeat Chartで,ゲーム中に起きる体験内容が記載されている
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<課題の提示とペース配分:レベル内の体験設計>
・Level Diagram
Beat ChartやIntensity Graphをもとに,ステージ内の部屋や通路,イベントを設計する簡易的な図のこと。詳細なレイアウト図面を作成する前に,この図によって空間同士の接続関係を確認するだけでなく,スペースの広さや戦闘発生のペーシングを確認する役割もある。
ときにはBubble Diagramという,丸と線だけの簡易的なチャート図が用いられるケースもあるそうだ。
・Critical Path:
基本的には,リニアな一本道のゲームで想定される理想的な最短動線を指す用語として使われる。Critical Pathに沿ってプレイヤーが行動するよう,おもてなし誘導を配置していくことになる。
類似する用語としては,Golden PathとFlowも挙げられていた。Golden PathはCritical Pathと同様の意味で,Flowはプレイヤーがスムーズにステージを移動できる状態や動線を表す。
・Blockout:
メトリクス
(※)に従って簡易的なポリゴンを設置し,設計通りのプレイになるかをテストするための工程。GrayboxingやWhiteboxingとも。
※移動やジャンプといったプレイヤーのアクションから導き出した高さや距離のレギュレーション。<プレイヤーの動きを間接的にコントール:行動を制限させる>
・Gating:
プレイヤーの動きを阻むものの総称であり,扉や門以外にも,柵,ハシゴ,封鎖された橋,強敵といったものも含まれる。絶対に通れない障害(Hard Gate)と,移動が遅くなる障害(Soft Gate)の区分がある。
関連する用語として,突破するのに特定のアイテムや能力が必要になるLock&Key。一定のプレイヤースキルがないと通過できないSkill Gate。通ると後方の道が閉ざされる一方通行の状況を指すValveがある。
・Encounter Design
戦闘のコアとなるゲームデザインを,空間設計と配置構成によって展開・拡張させることを指す。敵とどのように遭遇させ,どう対処させるか。またその戦術の起点となる配置をデザインすること,と言えばイメージが伝わりやすいだろうか。
Encounter Designに深く関わる用語としては,攻撃をやりすごす場所となるCover。敵との遭遇や膠着が起きやすいChokepoint。落ち着いて状況を観察できるVantage Pointも挙げられていた。
<プレイヤーの動きを間接的にコントール:視覚的に誘導する>
・Point Of Interest(POIs):
高い塔や宝箱,ダンジョンなど,なんらかの報酬やイベントへの期待が持てるスポットのこと。茂みの隙間から見える給水塔など,分かりやすい目印や目標となるようなオブジェクトもPOIsの一種であり,Landmarkと呼ばれている。
一例として,「ウィッチャー3 ワイルドハント」では,40秒に一度POIsに遭遇するように設計されているという。移動距離や時間,スピードからPOIsを設置する最適な間隔を算出し,この“40秒ルール”によってプレイヤーを飽きさせない設計を具体化しているそうだ。
・Breadcrumbs:
コイン,石畳の道,黄色いペンキなど,プレイヤーを誘導するために配置された小さなオブジェクトのこと(いわゆるパンくず)。例として挙げられた「ゴッド・オブ・ウォー ラグナロク」に登場する白樺の木は,Critical Pathに誘導するために設置されたBreadcrumbsの好例だ。
・Affordance:
研究者によって意味が微妙に異なるそうだが,ゲーム開発分野においてはプレイヤーが環境やオブジェクトを知覚し,そこから想起する行為の可能性のことを指している。例えば,ドアノブを見たら扉を開きたくなる,階段を見たら登りたくなる,といった直感的な行動を示唆させるものがこのAffordanceと呼ばれている。
<インタラクティブに物語や世界観へアクセス>
・Environmental Storytelling:
日本語でいうところの環境ストーリーテリングのこと。プレイヤーが配置されたオブジェクトを目にした際,「ここで一体なにが起きた?」と物語や世界観に思いを馳せるきっかけを作る手法である。
メインストーリー上では語らなかった背景をさまざまな場所に散りばめて,プレイヤー自身が能動的に物語を構築する体験を与えられる。
・Meaningful Choice:
意味のある選択肢という意で,主な使われ方はつぎの2つ。1つめは,選択に応じて結果が変化するインタラクティブな選択肢を与えるとき。左右で雰囲気の異なる分かれ道などがこれに該当する。もう1つは,物語やプレイヤーの倫理観に関わる重大な決断を問う,究極の選択を迫るとき。「ドラゴンクエストV 天空の花嫁」でビアンカとフローラのどちらを選ぶか,といったシチュエーションがこれに当てはまるだろう。
・Emergent Gameplay:
創発型ゲームプレイのこと。プレイヤーの行動やギミックの組み合わせによって,開発者の想像を超えた展開が生まれるプレイのことを指す。PvP,サンドボックス,イマーシブシムがこれに該当する。
対義語は進行型ゲーム(Game of Progression)。いわゆる一本道のゲームのことである。
氏によって解説された用語は以上である。
最後は「海外の知見に触れるきっかけとなり,日本のステージ制作のさらなるレベルアップにつながることを願っています」という氏のコメントで締めくくられ,本セッションは幕を閉じた。
あわせて,今後ゲームデザインの意見交換ができるDiscordコミュニティの立ち上げを予定しているとの告知もあった。興味がある人は氏のXをフォローしてアナウンスを待つといいだろう。