2024年8月23日,「CEDEC 2024」にてサイバーコネクトツーの百武みずほ氏によるセッション「自社でここまでできる社員教育!!研修プログラムのつくりかた」が行われた。
サイバーコネクトツー 百武みずほ氏。人事課のマネージャーとして人事室およびグローバル室の統括を行う傍ら,大阪スタジオの業務部で責任者も兼任している
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人材育成のために研修をやるべきと分かっていても,実際にどうしたらよいか分からない。そんな悩みを抱える人事や管理職の人は少なくないだろう。サイバーコネクトツーでも同じ悩みが尽きなかったと話す百武氏は,その悩みを解消する1つのアンサーとして「自社での研修づくり」を本セッションで提示した。
開発現場が行う専門職の研修とは別に,人事チームが主導的に実施する研修プログラムの作り方とは? その工程とポイントが語られた本セッションの内容をレポートしよう。
すべての人にエースになってほしい
サイバーコネクトツーの研修プログラム
セッションはサイバーコネクトツーが自社研修を実施するに至った経緯から語られた。現在の同社では,社員教育を自社で制作した研修によって行う体制を取っているが,以前は外部に依頼し役職向けの研修を実施していたそうだ。しかし外部委託の性質上,どのジャンルの企業にも共通する一般的な研修内容であったため,そのすべてが自社の考えや業務の進め方にマッチしているものではなかったと百武氏は振り返る。
同じ時間を使うのであれば,より自社にマッチした内容かつ,スタッフごとに異なる適切なタイミングで効果的に研修を実施したい。研修をとおして「すべての人にエースになってほしい」そんな思いも後押しとなり,独自のニーズや行動指針を盛り込んだ自社研修の実施に踏み切ったという。
同社で実施されている研修は,基礎的なマナー講習からはじまり,役員やマネージャー陣とのグループ面談などをとおして,スタッフとしての役割や自社への理解を深める,新卒・新人向けのものが多い。加えて,最低限知っておきたいゲーム業界基礎知識研修や,ゲーム開発基礎知識をフォローする講義の実施,役職昇格者向けのマネジメント基本研修も行われている。
研修項目が充実している同社だが,最初からこの数を実施していたわけではなく,スモールステップで必要なものを徐々に取り入れてきた結果だそうだ。これだけの数を実施しながら採用活動も並行するとなれば,繁忙期の忙しさが相当なものであるのは想像に難くない。しかし氏は「大変なことは多いものの,乗り越えるだけの価値がある」と力強く述べていた。
新卒生向けの研修は4月に一括で実施され,中途採用者向けの新人研修は入社の都度行われる。これを本社3名(+グローバルチーム3名),東京スタジオ1名,大阪スタジオ1名の人事スタッフで回していく
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研修をつくる工程と5つのポイント
上のスライドにあるとおり,研修作成の工程は大まかに6つの工程にわけられる。そのなかで百武氏がもっとも大事にしているのは「会社方針の理解」だ。これは,自分自身が理解していればいいという話ではなく,「上長以外の人事メンバー全員が経営層の方針を理解している状態」を指し,この工程を経ることで同じ目的と共通意識を持って研修制作にあたれるのだ。
とはいえ,会社方針をなぞるだけでは良い研修は生まれない。より自社に合った内容を目指すならば,開発現場の課題やニーズを「現場のヒアリング」をとおして把握する必要がある。そうして会社方針と現場のニーズを踏まえてブレストを実施し,さまざまな観点から案の取捨選択を行って資料集めや役員への提案へと移っていく。
研修で取り扱う分野について詳しいスタッフに資料作成を任せるとスムーズ。該当者がいない場合は,担当者がさまざまなメディアから情報を収集するだけでなく,有識者や他社から知見をヒアリングする
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研修内容を作成し終えたあとは,必ず本番と同じ時間で「研修のシミュレーション」を行い,フィードバックをもとにブラッシュアップをはかる。こうした段階を経て,ようやく1つの研修が完成する。続いて,作成にあたってのポイントとして以下の5項目が挙げられた。
(1)研修の形式・所要時間
研修の目的や内容に合わせて実施形式を使い分けるべし。聴講を主とした講義タイプと,ワークショップを実施するワーク中心タイプのどちらが適正かを判断し,その内容をもとに研修時間を設定していく。
(2)研修デザインのポイント
とくにワークを用いる研修は,知識だけを提供する場にしないよう,講義よりも「考える」ことに重点を置いた設計が理想だという。まず基本的な考えを講義で伝え,ワークのタームで問題提起された事柄について受講者で考えをまとめてもらう。その後,発表で他者との意見交換を行ったら,講義で結論に導く流れだ。自身で考える工程をはさむことで,受講者側の納得度がより高まる効果があるそうだ。
サイバーコネクトツーで行う研修の基本形がこちら
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ワークの実施にあたっては,いきなりグループワークのディスカッションを実施するよりも,誰でも意見を出しやすい個人ワークで「心理的安心感を作る」のがポイントだ。ディスカッションの当事者意識を高めるならば,過去に開発現場で起きた問題をディスカッションの議題に取り入れるのも効果的だとか。
また,ワークを作成する際は,受講者が五感を使うシチュエーションを意識するのもポイントだと百武氏は明かした。手や体を動かすことは記憶の定着を促し,話し合いは自発的な思考につながる。五感を使わせるために,ホワイトボードや付箋,ペンといった小道具を活用するのはもちろん,受講者が動きやすいよう,座席のレイアウトにも気を配っているという。
(3)グループワークの工夫
活発なグループワークを目指すならば,全員が発言しやすい規模感でのグループ分けが望ましい。その目安は3~4人程度で,多くとも5人以内がオススメとのこと。加えて,さまざまな職種が混ざるよう,グループ分けしておくと視点の違う意見に触れる機会を与えやすい。グループ数はファシリテーター(進行役)がカバーできる2~3がちょうどよく,数が多くなるようであればサポート役を設けるのがベターだそうだ。
(4)聴講タイプの工夫
とくに動画視聴形式の場合は,きちんと視聴したのか,内容を理解できているのかといった確認が難しい。そのため,動画はグループ単位で視聴してもらい,視聴後には質問会を行って互いの理解度を確認しあう流れを作っているとのこと。内容を理解できなかった人は「分かる人」に補足をしてもらうことで,教える側も曖昧な理解に気づけるのだとか。
(5)実施時期のスケジューリング
悩ましいのが各研修のスケジューリングだ。開発の手を止め参加してもらうことになるので,各プロジェクトのマスター時期や繁忙期を考慮して実施計画を立てなければならない。しかしながら,対象者が多いうえに所属プロジェクトが異なるとなれば,すべての都合に合わせて予定を調整するのは難しい。そのため,繁忙期での実施も考慮したうえで年間スケジュールを立てているそう。ある程度の割り切りも必要ということだ。
アフターケアを経てブラッシュアップするまでが研修業務
研修が完成したら,ついに実施へ。これだけの数の研修を年間で回すとなると,猫の手も借りたい状況になりそうなものだが,人事チームでは採用活動や個々の業務もあり,チームのリソースすべてを研修業務に回すことは叶わない。そのため,研修は「基本は1人で回すことが大前提だ」と百武氏は述べていた。
実施にあたってのポイントとしてまず挙げられたのは,役割の使い分けだ。研修を担当する人事メンバーが講師役を務めるのだが,伝えることだけに専念せず,ファシリテーターとして参加者の発言を促し,よりよいゴールへと導く役割も忘れてはならない。この2つを使い分け,聴講とワークショップを円滑に進める意識が大事なのだ。
また,研修実施後のアフターケアも肝要と百武氏は述べた。研修後にアンケートを実施することで,受講者に気づきや学びを言語化してもらう機会を与えるだけでなく,運営面での改善点や受講者が抱える潜在的な課題を洗い出すヒントも得られるという。
研修の振り返りを行うなら,記憶が新鮮なうちに! メモレベルでいいので,気づきはその日のうちに洗い出しておきたい。個人だけでなくチーム全体でも振り返りを実施するとより効果的だ
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自社研究における今後の課題を挙げつつ展望も語られた。人事チームでは,2年目研修の拡充のほか,外国人スタッフとの架け橋となる新たな研修の作成に着手しているそうだ
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セッションの終わりに,「自社での研修作り・実施とは,自社の抱える課題と向き合い試行錯誤を繰り返すこと」だと百武氏は述べ,「その苦労を乗り越えることは,すなわち会社を成長させる」ことであるとまとめていた。